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長崎地方裁判所 昭和51年(行ウ)2号 判決 1979年4月16日

原告 長崎石油プロパン株式会社

被告 長崎市長 外二名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告長崎市長が原告に対し、長崎市住吉町一六一番地三に設置予定の給油取扱所につき、昭和五一年二月二五日になした完成検査済証を交付しない処分及び同月二八日になした右給油取扱所の変更許可申請に対する不許可処分は、いずれもこれを取り消す。

2  被告諸谷義武、同富田司は、原告に対し、連帯して金三〇〇万円及びこれに対する昭和五一年四月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告会社は、石油製品、LPガスの販売会社であるが、長崎市住吉町一六一番地三に六階建ビルを建築し、「赤迫城総合スタンド」との名称で、その一階を給油所とし、二階を給油関係事務所とする屋内給油所、いわゆるガソリンスタンド(危険物の規制に関する政令(以下「政令」という。)三条一号の給油取扱所に該当する。以下「本件給油取扱所」という。)を設置することを計画し、消防法(以下「法」という。)一一条一項前段一号により、昭和四八年九月一八日被告長崎市長に対しその旨の取扱所設置許可申請をしたところ、被告市長は、同月一九日右給油取扱所の設置を許可した(以下「原許可」という。)。

2  原告会社は、右許可に基づき給油取扱所の建設に着工したが、その工事途中、地盤が悪く、経済的に高層建築不可能と判明し、二階建とし、屋外に給油所を設置することに変更し、変更許可申請の必要はないと考えていたが、被告市長の要求により、昭和五〇年一〇月二九日変更許可申請するとともに工事を続行し、昭和五一年二月一四日に法一一条五項に基づく完成検査申請を行つたところ、被告市長は、完成検査申請に対しては、同月二五日、申請どおり完成されていないとの理由で完成検査済証を交付しないとの処分を、変更許可申請に対しては、同月二八日、隣接するLPガススタンド側にへいを設ける計画がなく、政令一七条一項一三号に適合していないとの理由で不許可処分をした。

3  しかしながら、右各処分は、次の理由によりいずれも違法である。

(一) 原許可において予定されていたものは屋内給油所であり、完成したものは屋外給油所であつて、原許可時の申請どおりには完成していないことは被告市長の主張するとおりである。しかし、給油取扱所設置変更許可申請に対する許否判断は、取扱所の位置、構造及び設備が技術上の基準に適合しているか否かにより決せられ(法一一条二項、一〇条四項)、右技術上の基準の細目は政令に委任されているところ、これを受けて政令一七条は一項で屋外給油取扱所の技術上の基準を、二項で屋内給油取扱所のそれをそれぞれ定めているが、二項は一項の加重要件であり、屋外給油取扱所特有の技術上の基準は定められていない関係上、屋内給油取扱所として技術上の基準に適合していれば、当然屋外給油取扱所のそれにも適合することとなる。原告会社は屋内給油取扱所設置許可を得て、防災に関する技術上の基準に抵触するような設計変更は全く行わず、単に、屋内給油取扱所を屋外給油取扱所に変更したにすぎないのであるから、原許可に基づいて完成した本件給油取扱所につき、被告市長は完成検査済証を交付すべきである。

(二) また、前記の理由により、本件変更は、法一一条一項後段の許可を受けなければならない変更にはあたらず、本来、変更許可申請も不要なものであるから、被告市長は原告会社のした変更許可申請を速やかに許可しなければならない。ところで、被告市長は、本件給油取扱所の南隣にあるLPガススタンドとの境界線上(以下「係争線」という。)にへいを設けることが政令一七条一項一三号により要求されるというが、その根拠が理由のないこと、次のとおりである。

(1) 「自動車等の出入する側」とは、給油を受ける自動車等が出入するための主たる道路に接する給油取扱所の空地の側をいうのであるから、本件係争線は「自動車等の出入する側」としてへいの設置が免除されるものではなく、当然へいを設けなければならないという。しかし、「出入する側」とは文字どおり素直に解釈すればよく、「給油のため自然な形で自動車等が出入する側」と解することができ、したがつて、通行を許可された他人所有地を通つて道路に達する場合であれば、その他人所有地に面する側は、「出入する側」と解してよい。このように解しなければ、給油取扱所を角地に設ける利益はなくなるが、現実には角地に設置された多くの給油取扱所において、いずれの道路に接する側もへいを設けることなく営業していることは公知の事実である。そして、被告市長においても、右のとおりの解釈を採用しており、大協石油小ケ倉給油取扱所、県営バス雲仙停留所内にある雲仙給油取扱所、増田石油魚の町給油取扱所、明治商会坂本町給油取扱所、昭栄石油平野町給油取扱所、丸善石油興善町給油取扱所、県営バス幸町給油取扱所、同矢上給油取扱所、大長崎商事日見給油取扱所などがその具体例であり、「出入する側」を被告市長の主張するように定義すれば、当然設けられるべきへいを設置することなく営業が許されている給油取扱所である。また、原許可においては、南側隣接地との境界線上にへいを設けることは義務づけられていなかつた。このように、原許可時には要求されていなかつたへいの設置を、客観的条件に変更がないのに、変更許可申請においては要求し、これに応じないからといつて、変更許可申請を許可しないのは、明らかに行政権の濫用である。

(2) 被告市長は、南側に隣接してLPガススタンドがあり、危険であるからへいを設置しなければならないという。しかし、政令は、LPガススタンドと危険物製造所・危険物屋内貯蔵所等が接近している場合につき、施設間に距離制限をしている(政令九条一号二、危険物の規制に関する規則一二条)が、LPガススタンドと給油取扱所との位置関係については特に規制してはおらず、したがつて、政令は、両者が隣接していても防災上特に問題はないと解しているといえる。また、法及び政令は、一般的に、隣接地に対する関係での防災規制には必ずしも積極的でない。このことは、地下タンクから発生する油蒸気の排出口については何らの規制もなく、給油取扱所の隣接地が火気を扱う工場である場合にも給油取扱所の設置に際しては何らの規制もないところからも窺われる。したがつて、LPガススタンドが隣接しており危険であるからへいを設ける必要があるとの被告市長の主張は理由がなく、被告市長においても、原告会社と同様に解し、給油取扱所とLPガススタンドが隣接している場合においても、その間にへいを設けることなく給油取扱所の営業を認めている例がある。原告会社江戸町給油取扱所がそれである。更には、政令一七条一項一三号によりへいを設けなければならないのは、防災上の必要からであるが、このような行政取締法規は、合目的的に解釈されなければならないところ、本件において係争線上にへいを設けると、第一に給油取扱所側からLPガススタンド側が見えにくく、出入する自動車による交通事故発生の危険があること、第二に油蒸気が滞溜し、かえつて災害発生の原因となること等の事情があり、係争線上にはへいを設けないことが同号の趣旨に適合する。政令は、油蒸気の滞溜を防ぎ、これを拡散させることを第一義的に考えており、へいを設けることには積極的ではない。このことは、屋内給油取扱所においては、その二方は通風のため壁を設けないことが要求されていることからも明らかである。

(3) 仮に、へいを設ける必要があるとしても、原告会社は係争線上に鉄板製で高さ二・〇五メートルのへいを設置しており、右へいは政令一七条一項一三号の要求に適合するものである。被告市長においても一旦は右へいで足りるとしていたにもかゝわらず、その後主張を変え、材質はブロツク造、高さは庇に達するへいを要求しているが、材質は不燃材料でありさえすればよいのであり、高さについては、隣接するLPガススタンドには鉄骨とコンクリートでできた庇があるのみであり同一三号にいう「延焼のおそれのある建築物があるとき」にはあたらず、したがつて、高さは二メートルで足ることとなる。被告市長は、同一三号にいうへいの材質、構造に関し、開閉できる扉も(南国殖産茂里町給油取扱所、野村興産中央卸市場給油取扱所、林兼石油浦上給油取扱所)、金網も(松藤商会小ケ倉自家用給油取扱所)、高さ二メートル以下のへいも(丸安石油磯道給油取扱所、同小ケ倉給油取扱所、石川石油日見給油取扱所、同東長崎給油取扱所、出光石油小ケ倉給油取扱所、南長崎石油土井ノ首給油取扱所、高尾石油本河内給油取扱所)具体的必要に応じ、場合によつては同一三号に適合するものとして是認してきたわけであり、本件においても前述のとおり、係争線上にへいを設けることだけでも油蒸気滞溜の危険があるのに、更に高くして庇に達するまでとするならば、その危険は著しく増大すると言わなければならず、したがつて原告会社の設置したへいも同一三号に適合するものと解さるべきである。

4  被告諸谷義武は長崎市長として、同富田司は同市消防局長としていずれもその職務上本件各処分に関与したものであるが、本件各処分はいずれもその職務を著しく逸脱してなされたもので違法であり、したがつて、民法七〇九条により右被告らは公務員個人としても損害賠償の責を負うこととなる。

5  原告会社は、昭和五一年三月一日には本件給油取扱所を開業する予定であつたところ、被告らの違法な行為によつて開業することができず、社会的信用を失墜するとともに著しい精神的苦痛を蒙つた。右苦痛を慰謝するには金三〇〇万円が相当である。

6  よつて、原告は、被告市長のなした本件各処分の取り消し並びに被告諸谷義武及び被告富田司の両名に対し、連帯して金三〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五一年四月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の各事実は認める。

同3ないし5の主張はいずれも争う。

三  被告らの主張

(被告諸谷、同富田)

公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意または過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、当該公共団体がこれを賠償する責に任じるものであり、当該公務員個人は損害賠償の責を負わない。したがつて、被告諸谷、同富田に対する本訴請求はいずれも理由がない。

(被告ら全員)

1 原告会社に対する原許可は、政令一七条一、二項に適合するものとして、屋内給油取扱所の設置について許可を与えたものであるが、右許可に基づく給油取扱所が完成する以前に次の点について計画に変更が加えられた。第一に、屋内給油取扱所が屋外給油取扱所となり、取扱所南側は空地の予定であつたが、こゝにLPガススタンドが設置され、昭和五〇年一一月一〇日から営業が開始された。第二に、地下貯蔵タンクの位置が屋外空地から事務所前となつた。第三に、固定給油設備が三個のシングル型から一基のダブル型となつた。第四に、保有空地が、間口一二メートル、奥行六・四メートルから間口五一・三メートル、奥行六・四メートルとなつた。第五に、北側道路の建設が取り止められた。第六に、洗車場が新設されることになつた。第七に、事務所は一階のみの予定であつたが、一階と二階とに分かれることとなつた。以上の諸点は、計画の重大な変更であり、防災上も変化を生じうるものであるから、法一一条一項後段の変更許可を受けなければならない場合にあたり、当然政令の定める技術上の基準についても再検討されるべきものである。しかるに原告会社は、変更許可を受けることなく完成検査申請をしたため、被告市長は、原許可と現実に完成した給油取扱所とを対比し、その相異が明らかであつたため完成検査済証不交付処分をしたもので、何ら違法はない。

2 また、原告会社は、昭和五〇年一〇月二九日変更許可申請をしたが、右申請では政令一七条一項一三号に抵触することが判明したため不許可処分としたものである。即ち、同一三号にいう「自動車等の出入する側」とは、給油を受ける自動車等が出入するための主たる道路に接する給油取扱所の空地の側をいゝ、主たる道路に接する側を除いた他の三面にへいまたは壁を設けなければならない。ところが、変更許可申請によれば、本件給油取扱所においては、LPガススタンドに隣接する南側にはへいを設ける計画がなかつたため技術上の基準に適合しないものと判断した。原告会社主張のように、本件係争線が「自動車等の出入する側」になるとすれば、本件給油取扱所とLPガススタンドという防災上延焼のおそれのある建築物との境界には危険防止のためのへい等の設置の必要がなくなるが、このような結果が同一三号の趣旨に反することは明らかである。

3 以上のとおり、本件各処分は、いずれも適法であるから、これらが違法であることを前提とする被告諸谷義武、同富田司に対する本訴請求もまた理由がない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

二  完成検査済証不交付処分について

いずれも成立に争いのない乙第一号証の一ないし四、同号証の六ないし三九、第一〇号証、第一三号証の一ないし一五、証人田平貞夫の証言(第一回)及び原告代表者尋問の結果によれば、原許可時において予定されていた屋内給油取扱所は、建築物は鉄筋コンクリート造六階建、敷地は間口一二メートル、奥行六・四メートルで敷地面積は一五七・二平方メートル、給油取扱所北側は道路とし、南側は空地となつていたこと、ところが、計画変更後の屋外給油取扱所は、建築物は軽量鉄骨造二階建に、敷地は間口五一・三メートル、奥行六・四メートルで敷地面積は三三七・〇九平方メートルに、また、北側の道路は廃止されて新たに洗車場が設置されることとなり、更に南側の空地では原告会社においてLPガススタンドを営むこととなり、昭和五〇年一一月二〇日ころから営業が開始されたことが認められる。原告会社は、右計画変更につき、屋内給油取扱所に要求される防災上の基準は、屋外のそれよりも厳格であるから、屋内給油取扱所として設置許可を受け、屋外給油取扱所として完成した本件給油取扱所に対しても、被告市長は、当然完成検査済証を交付すべきであると主張する。たしかに、原許可で認められた計画に変更が加えられても、その変更部分が防災対策上何らの影響のない部分であれば、原許可に基づいて完成検査済証を交付しても、完成検査をする目的は達せられるとも考えることができる。しかし、右のように解するとすれば、変更内容が安全性に関係するか否かにつき、完成検査時において設置許可時と同様な審査判断をしなければならないこととなるわけであるが、これは法一一条五項の趣旨に反すると考えられる。けだし、行政庁内部の問題としては、完成検査機関と許可機関とが異なることもあり得るし、また、許可あるいは変更申請についての審査は政令に定める技術上の基準に適合し、かつ、公共の安全の維持または災害の発生の防止に支障を及ぼすおそれがないものか十分慎重になされる必要があるが、それだけでは現実の施設の基準適合性、安全性を確認するに十分でないので、完成検査は、現実の施設が許可された計画に従い基準に適合するように作られているか否かを確認する必要上設けられたものであり、この手続内においては、改めて、防災に関する技術上の基準に適合しているか否かを判断させることを要せず、許可された計画に合致することをもつて施設の基準適合性、安全性を確認することとしていると解されるからである。社会通念に照らし、許可内容と完成内容とに相異があれば完成検査済証を交付せず、変更申請させ、その審査の過程において技術上の基準に照らし、安全性に問題がないか否かを決するのが相当であり、法の趣旨にも沿うというべきである。ところで、変更がなされた場合の取り扱いに関し、証人田平貞夫の証言(第一回)によれば、完成検査の際、変更申請が必要であるか否かを判断し、必要ないと認めた場合には変更届と資料の提出を求めるだけで済ませる場合もあることが認められる。しかし、これは変更が軽微である場合には本来なすべき変更申請、完成検査という手続を省略することもあるというにとゞまり、本件の如き大規模な変更につき同様の取り扱いを要求する根拠とはなり得ない。したがつて、原告会社のした変更申請が許可されていない本件において、原許可と完成した給油取扱所とを対比し、被告市長が申請どおり完成されていないとしてした完成検査済証不交付処分は適法であり、原告会社の主張は理由がない。

三  「へい」設置の要否につき

1  政令一七条一項一三号の「自動車等の出入する側」について

給油取扱所においては、一方では、取扱所内からの災害を他に及ぼさないため、あるいは、他からの災害が取扱所内に侵入しないようにするため防火へいを造る必要があるが、他方では通風を良くして施設内での油蒸気の滞溜を避ける必要があり、右の相反する二つの要請を調和させねばならず、同一三号も右の趣旨に沿つて解釈すべく、そうすると、「自動車等の出入する側」とは「給油を受ける自動車等が出入するための、主たる道路に接する給油取扱所の空地の側」と解するのが相当である。

この点に関し、原告は、大協石油小ケ倉給油取扱所等多数の取扱所の例を示し、「出入する側」につき被告市長が原告会社と同様の解釈を採用している根拠とする。しかし、いずれも成立に争いのない甲第一〇号証の三、六、第一九号証の一ないし三(以上、いずれも証明部分を除く。)及び証人田平貞夫の証言(第二回)によれば、大協石油小ケ倉給油取扱所には、へいをすべき位置に広い道路を隔てて広い空地があり、県営バス幸町給油取扱所は、広いバス駐車場内に給油設備があり、同矢上給油取扱所は、前同様広い駐車場内に給油設備があり、大長崎商事日見給油取扱所は、へいをすべき位置は、道路沿いの短い部分であり、かつ、取扱所の敷地と道路とに段差があるため、へいを設置しても防災上あまり意味がないことから、いずれも右各給油取扱所は政令二三条による特例を認める余地があること、明治商会坂本町給油取扱所は現在はへいが設置されているし、増田石油魚の町給油取扱所はへいを設置するよう指導中であることが認められる。したがつて、原告の前記主張は理由がないと言わなければならない。また、原告は、原許可においては、本件給油取扱所とその南側隣接空地との境界線上にへいの設置は義務づけられておらず、このことも「出入する側」の解釈に関し、原告会社の主張の正しさを裏付けるものであると主張する。たしかに、前掲乙第一号証の七及び検証の結果並びに原告代表者尋問の結果(第一回)によれば、原許可においては、本件給油取扱所の南端隣接空地との境界線上にへいを設置することは要求されていなかつたことが認められる。証人田平貞夫は、原許可申請書添付の給油取扱所構造設備明細書の「周囲のへいまたは壁」欄にブロツク造、H=二、〇〇〇Mとの記載があり、本件給油取扱所においては、地形その他から、へいを設置しなければならないのは、敷地の南端のみであることからすれば、原許可においてもへいの設置が要求されていたと思われるし、前任者から同所にへいを設置するよう指導していると聞いた旨証言し、被告富田本人尋問の結果中にも右証言と同旨の供述部分があるが、へいが要求されていたならば、当然許可申請書にもその旨明記されるはずであり、右証言及び被告富田の供述は、前記各証拠に照らし、採用することができない。しかし、そうであるからといつて、本件係争線が「自動車等の出入する側」として当然へいが不必要であるということにはならず、成立に争いのない甲第一号証の一(たゞし、説明部分を除く。)、前掲乙第一号証の七、証人田平貞夫の証言(第一回)及び検証の結果によれば、長崎市消防局の担当係員は、原告会社から、本件給油取扱所の南側には、いわゆるLPガススタンド建設の予定はなく、空地のまゝ使用する旨の説明を受けていたこと、本件給油取扱所の南端から人家までは三〇メートル以上の距離があり、北方、西方とも人家まで三〇メートル以上の距離があつて、東側は崖で人家はなく、その意味からは、本件給油取扱所は長崎市内の取扱所のうちでは安全性の高い施設であることが認められ、右に認定した各事実からすれば、原許可において、南側空地との境界線上にへいの設置が要求されなかつたのは、被告市長において地形その他の状況から判断して、へいを設けなくとも防災上の問題は生じないと考え、政令二三条により特例を認めたと推認するのが相当であるから、この点に関する原告会社の主張も理由がない。

2  政令二三条によりへい設置を免除できないか

右にみてきたとおり、政令一七条一項一三号の解釈としては、係争線上にへいを設置しなければ右基準に適合しないことが明らかになつたわけであるが、次に政令二三条によりへいの設置を免除することが可能か否かにつき検討する。

本件給油取扱所は、付近に人家が存在しないという点では長崎市内でも安全な施設に属すること及び原許可においては、南側隣接地との境界線上にへいの設置は要求されていなかつたことはいずれも前示認定のとおりである。問題は、原許可時においては、空地のまゝ使用する予定であつた南側隣接地において、原告会社がLPガススタンド営業許可を受けて営業を開始したことが、新たにへいの設置を要求する合理的な根拠となりうるかどうかである。原告は、政令が給油取扱所とLPガススタンドとの間に距離制限を設けていないことから、政令は給油取扱所とLPガススタンドが隣接していても防災上問題はないと解しているのであり、したがつて、へいの設置も不要であると主張する。たしかに、政令は、危険物製造所等とLPガススタンド等との間には一定の距離をおくことを義務づけているが(政令九条一号二、危険物の規制に関する規則一二条一号)、給油取扱所とLPガススタンド等との間には右のような距離制限を設けていない。したがつて、政令は、危険物製造所等とLPガススタンド等が隣接する場合に比し、給油取扱所とLPガススタンド等が隣接する場合の災害発生、拡大の危険はより少ないと解していると一応はいえよう。しかし、距離をおく必要がないということと防火へい等の設置の必要性の有無とは直接の関係はなく、隣接してよいということは何らの防災設備も不要であるとの趣旨であると解するのは早計に過ぎ、かえつて、防災のための規制にあたつては、まず一定の距離をおかねばならないこととし、次いで、距離をおく必要はないが防火へい等の設置を義務づけ、最後に、防災上問題がないということになれば、特に規制を加えないこととなるのが通常の例であると考えられる。なお、製油所、石油基地等においてLPガス貯蔵所とガソリン類貯蔵所とが共存していることは公知の事実であるが、これは本件とは立地条件等も全く異なる場合であり、本件に直接の関連はない。ところで、いずれも成立に争いのない甲第二八号証の一ないし四、証人田平貞夫の証言(第一回)及び原告代表者尋問の結果(第一回)によれば、原告会社の江戸町給油取扱所は、本件給油取扱所と全く同様に、取扱所に隣接して原告会社の経営するLPガススタンドが設置されているが、給油取扱所とLPガススタンドとの境界線上にはへいを設けることなく営業がなされていることが認められる。この点に関しては、いずれも成立に争いのない甲第二九号証、第三〇号証の一ないし三、五、第三二ないし三四号証の各一ないし三、第四二号証、乙第二五号証の一、二、第二九号証の一、二、三〇号証、三二号証、証人田平貞夫の証言(第二回)及び検証の結果によれば、原告会社経営の江戸町給油取扱所は、昭和三六年六月二二日に設置が許可され、その後昭和四一年九月二九日、昭和四三年六月一七日と二度に亘り敷地の縮小等を理由とする変更申請が許可され、完成検査済証も交付されたのであるが、同年九月一〇日及び昭和四四年九月一二日に変更許可されたものについては、原告会社が、右給油取扱所の敷地を縮小分離した隣接地において、昭和四三年一二月二八日にLPガススタンド設置許可を、昭和四四年一〇月一六日に完成検査済証の交付を、いずれも長崎県知事から得てLPガススタンド営業を開始したため、長崎市消防局において、右のような場合に、境界線上にへいを設置することが必要か否かにつき種々検討を加えた結果、へいは必要であるとの結論に達したため、原告会社からは昭和四六年三月一六日に完成検査申請書が提出されたが、へいが設置されていなかつたため完成検査済証を交付しなかつたこと、原告会社は、第二回目の変更許可申請の際(昭和四三年六月一一日)へい設置については一応の警告を受けており、原告代表者名で市消防局長宛、後日隣接敷地の利用に関連して障壁等を設置する必要が生じたときは、遅滞なく設置する旨の書面を提出していること、同市消防局は、原告会社に対し、へいを設置するよう再三指導したが、原告会社がこれに応じなかつたため、昭和四六年三月一日同市消防局長名で原告会社宛に警告書を送付したけれども、へいは設置されないまゝ給油取扱所、LPガススタンドとも営業を継続しているが、同市消防局としては、今後もへいを設置するよう指導を続ける方針であること、ところが、同一給油取扱所につき、昭和四七年八月七日と昭和四八年四月一二日に原告会社より敷地の縮小及び計量機取り替えを理由として変更許可申請がなされているが、これについては、変更許可を経て完成検査済証が交付されていることが認められる。右に認定した事実によれば、被告市長の江戸町給油取扱所に対する対応には、前後首尾一貫しないものがあることは否めないところではあるが、全体としてみれば、原告会社が分離した空地においてLPガススタンド営業を開始した当初から、給油取扱所にはへいを設置すべきであるとの理解のうえに、原告会社に対しその旨指導してきたことが認められ、江戸町給油取扱所は、現実にはへいなくして営業はされているが、これは主として原告会社が被告市長の指導に従わなかつたことから生じた事態であり、これをもつて、被告市長がへいの要否につき原告会社と同様の理解をしているとか、へいなくして営業しうることの根拠とすることはできない。この点に関し、証人林光之助は、前記警告書の発送に関連して、長崎市消防局と原告会社との間で、へいなくして営業することについての暗黙の合意があつたかの如き証言をしているが、右証言は、前掲各証拠に照らしにわかに措信し難い。政令二三条は、一定の要件が具備するときに例外的に防火へい設置等の義務を免除するものであるところ、LPガススタンドが、一般に災害発生の危険性の高い施設であることは、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第二八号証などによるまでもなく明らかであり、また給油取扱所側に発生した火災等が隣接するLPガススタンドに延焼すれば、一般建築物に延焼した場合に比し、災害が著しく拡大するであろうことは容易に認められるところである。したがつて、両施設間の境界には災害の拡大防止のため防火へい等を設置する必要があり、特別の事情の認められない本件にあつては、政令二三条を適用してへいを免除する余地はないといわなければならない。原告は、係争線上にへいを設けることになれば、油蒸気の滞溜の危険や出入する自動車による交通事故発生の危険が増す旨主張するが、その危険を防止すべく、間口即ち、自動車等が主として出入する側を一〇メートル以上、奥行六メートル以上の空地を保有することとしているのである(政令一七条一項一号参照)。

なお、被告市長は当初要求していなかつたへいを変更許可申請にあたつては要求しているわけであるが、前述のとおり、隣接地が空地からLPガススタンドという危険物を取り扱う施設に変化したのであるから、これに伴い給油取扱所側の安全対策にも変化が生じて当然であり、これが行政権の濫用であるとは解されない。

四  へいの構造、材質につき

右にみてきたとおり、本件係争線上にはへいを設置する必要があることとなつたわけであるが、次に政令一七条一項一三号の基準に適合する構造・材質につき検討する。

いずれも成立に争いのない甲第二二号証、乙第一五号証の一ないし八、一六号証の一ないし七、一七号証、前掲乙第一三号証の四、証人田平貞夫の証言(第一回)、被告富田司本人及び原告代表者(第一回)の各尋問の結果並びに検証の結果によれば、長崎市消防局では、本件給油取扱所につき、南側隣接地にLPガススタンドが設置され、現に営業している以上、係争線上にはへいの設置が不可欠であるとの立場から原告会社を説得していたところ、原告会社は、昭和五一年二月一五日係争線上に幅二五ミリメートル、厚さ三ミリメートルのL型軽量鉄骨を用い、縦を二・〇五五メートル、横を二・一八五メートルとし、補強材として幅二五ミリメートル、厚さ三ミリメートルの鉄材を右鉄骨枠組の対角線に通したものの上に、厚さ〇・二七ミリメートルのカラー鉄板を張つたもの二枚を、係争線上に立て、二枚を取り付け金具で接続したうえ事務所側の端は上下二か所を取り付け金具で事務所の建物に固定し、国道側の端は、鉄板の上部に鎖を取り付けてその上方にある屋根に接続させ、接地部分は、ボルト取り付け金具を用いて三か所で直接地盤面に固定したことが認められる。

ところで、政令一七条一項一三号には「耐火構造のまたは不燃材料で造つたへい」と記されているが、立法趣旨からして不燃材料でありさえすればよいとは解されず、その有すべき強度は用途により自ら決定されるといわなければならない。そして、右耐火構造の意義は、建築基準法二条七号に定義されているところと同じであり(政令九条五号)、不燃材料も同法二条九号のうち、コンクリート、れんが、石綿板、鉄鋼、アルミニウム、モルタル及びしつくいをいうところ(政令九条一号、規則一〇条)、同法二条七号は、耐火構造とは「鉄筋コンクリート造、れんが造等の構造で政令で定める耐火性能を有するものをいう」とし、同法施行令及びこれに基づく建設大臣の指定によれば、外壁のうち非耐力壁が耐火構造であるといゝうるためには「不燃性石綿保温板、鉱滓綿保温板または木片セメント板の両面に石綿スレートまたは石綿パーライト板を張つたもので、その厚さの合計が四センチメートル以上のもの」「気泡コンクリート、石綿パーライト板または硅藻土若しくは石綿を主材料とした断熱材の両面に石綿スレート、石綿パーライト板または石綿硅酸カルシウム板を張つたもので、その厚さの合計が三・五センチメートル以上のもの」等のうち一に該当することが必要であり、階数が二以下で延べ面積が五〇〇平方メートル以下の建築物(たゞし、特殊なものは除く)における壁及び床が耐火構造であると言いうるためには、厚さ四センチメートル以上の鉄筋コンクリート製パネルで造られていることが必要である。また、同法施行令一〇八条の二は、不燃材料とは通常の火災時の加熱に対して「燃焼せず、かつ、防火上有害な変形、溶融、き裂その他の損傷を生じない」性能を有するものとし、その細目については基材試験及び表面試験に合格したものという形で更に建設大臣が指定しているが、要するに一三号の関係では前記耐火構造に準じる耐火性を有することが要求されているということができる。

また、政令一七条一項一〇号によれば、給油取扱所の建築物の窓及び出入口には、建築基準法施行令一一〇条に規定する(政令九条七号)甲種防火戸または乙種防火戸を設けなければならないが、同条は、甲種防火戸を、「骨組を鉄製とし、両面にそれぞれ厚さが〇・五ミリメートル以上の鉄板を張つたもの」「鉄製で鉄板の厚さが一・五ミリメートル以上のもの」等のうち一に該当するものと定義し、乙種防火戸を「鉄製で鉄板の厚さが〇・八ミリメートル以上一・五ミリメートル未満のもの」等をいうと定義している。

そして、本件において原告会社が設けたへいは、耐火構造の壁や甲乙種防火戸と対比するときは、その構造は弱く、高さを問題とするまでもなく、材質の面においてすでに同一三号の基準に適合しないものであることが明らかである。原告会社は、南国殖産茂里町給油取扱所等の例を示し、被告市長は、具体的必要に応じ開閉できる扉も、金網も、高さ二メートル以下のへいも同一三号に適合するものと認めていると主張する。しかし、いずれも成立に争いのない乙第四一号証の一、二、四二、四三号証の各一ないし五、証人田平貞夫の証言(第二回)及びこれにより真正に成立したと認める乙第三四号証の一ないし四、三六号証の四によれば、南国殖産茂里町給油取扱所については、給油設備からへいを設置すべき位置まで約一八メートルの距離があり、取り扱う油種は軽油のみであること等から、林兼石油浦上給油取扱所については、へいを設けるべき位置に、間口四メートル、高さ二メートルの甲種防火戸を設け、常時は閉鎖していること等から、松藤商会小ケ倉給油取扱所については、へいを設けるべき位置の向う側はドラムかんを洗うための作業場であり、敷地も広く、取り扱う油種は軽油のみであること等から、いずれも被告市長において政令二三条に該当すると判断して本来のへい設置を免除しているものであることが認められ、その余の給油取扱所についてもそれぞれの理由で政令二三条が適用されたものであることが推認でき、いずれも本件とは給油取扱所のおかれた客観的条件が異なり、したがつて、これらをもつて、本件へいの構造、材質につき原告会社主張のもので足りるとの根拠とすることはできない。

以上のとおり、原告会社は係争線上にへいを設置すべきであり、かつ、それは原告会社の設置したものでは技術上の基準に合致しないのであるから、へいが設置されないことを理由としてした本件変更許可申請に対する不許可処分は適法である。

五  以上の事実によれば、被告諸谷、同富田の主張について判断するまでもなく、本訴請求はいずれも理由がないこととなるから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鐘尾彰文 木村修治 加藤誠)

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